静寂を待ちながら

お笑い、テレビ、ラジオ、読書

〈原点〉その2 宮崎駿「風立ちぬ」〜〈旅路〉の果てに

前回の続きです。
これまで「アニメは子どものもの」と言い切り、作品を発表してきた宮崎駿さんですが、最新作「風立ちぬ」では全く違う切り口を提示されました。
堀越二郎は、宮崎駿さんそのものです。「己」を、ためらいながらも表出したのです。
「飛行機は、美しく呪われた夢」という映画のテーマフレーズは、宮崎さんにおいては「アニメ」です。もっといえば、「人生」。


「友よ、拍手を。喜劇は終わった」とはベートーヴェンの辞世の句ですが、
宮崎さんは「僕の人生は、美しく呪われた夢だったのだ」と言うつもりなのです。


この映画の中で、彼はそれを何度も繰り返します。
「僕は、魔の山の住人だ」と。我が身の全てをアニメに捧げてきたという自負が、その声を大きくしています。


…………


一般社会から隔離された「魔の山」で、無我夢中に作ってきた作品群。
宮崎さんはそこで、「この山に居続けるために、僕がどれだけの努力を積み重ねきたか、どれだけのことを犠牲にしてきたのか、君たちには分かるか?」とニヒルに微笑んでいます。心身を何度も限界にさらして。
そうまでしても、降りたくない山なのです。

続きを読む

〈原点〉 その1 宮崎駿「風立ちぬ」〜カルチャーガジェット

宮崎駿監督の最新作「風立ちぬ」、見どころ満載で本当に面白かったです。ようやく感想がまとまったので書いてみます。いわゆる「ネタバレ」ありです。


…………
風立ちぬ」といえば、日本でいえば堀辰夫の小説を指しますが、この映画では、彼と同時代を生きた航空機設計技師・堀越二郎さんの半生を描いています。


縦糸は後のゼロ戦の原型となった「九試単座戦闘機」開発に至る道のりですが、二郎の「夢の世界」の住人・カプローニおじさんとのやり取りや、結核の菜穂子との恋が横糸として絡められた、ファンタジックなお話です。


原作は、監督が「道楽で」描いていた、模型雑誌「モデルグラフィックス」の連載漫画だそうです。
監督ご自身の言葉を借りれば、この作品はまったくの「道楽作品」です。宮崎さんが愛するさまざまな「文化」の芳香が漂っています。
まるで「草枕」「虞美人草」など、初期の夏目漱石のような優雅な雰囲気です。

続きを読む

肯定の人・2〜いとうせいこう「想像ラジオ」

前回の続き、いとうせいこうさんの新作「想像ラジオ」にまつわる話です。


これは、2011年3月11日の東日本大震災とその周辺を描いた小説ですが、
記録的な価値のみならず、思想的な価値も大変に高い作品です。余談ですが私は中表紙の濃紺の深さが好きです。


信仰や立場、それから生死などのあらゆる境界を溶かし、全てを受け入れ肯定すること。
この物語の中ではそれが鮮やかに、軽やかに表現されていました。


…………
そしてですね、前エントリでもご紹介した「ボクらの時代」のなかに、人生を「肯定」ベースで生きるせいこうさんの、もう圧巻の「肯定話」があったのです。

続きを読む

肯定の人・1〜いとうせいこう「想像ラジオ」

ご無沙汰しております。
みなさまお元気ですか。私は元気です。最近は99岡村さんと同様に、「あまちゃん」を中心に生活が回っております*1


ちょっと間が空きましたが、読みました。


想像ラジオ

想像ラジオ


震災の直後にtwitter上で展開されていた、せいこうさん発案の「想像ラジオ」。
この企画は、アカウントをラジオ局に見立てて好きな曲名をリプライでリクエストし、それを皆でシェアするというものです。
もちろんtwitterは文字のみで、基本的に音が聞こえてくることはありません。要するに「曲名を見て、聴いた気になる」というエアラジオでした。
私自身は当時リプライを飛ばしたことはなかったですけど、折に触れて眺めては気になる曲を頭の中で想像し、流していました。音楽って、想像するだけでも心が豊かになるのだなあ、凄いなあ、と感嘆しつつ。
不気味で強烈な時間が流れていたあのとき、このアカウントには随分助けられたのを覚えています。


あれが小説になるのか、そりゃ読まねば!といさんで入手しましたよ。
奥付は「2013年3月11日発行」になっています。


…………

*1:2013年5月30日、6月6日のオールナイトニッポンで熱く語っていました。これからもきっと語ってくださるでしょう。

続きを読む

多崎つくるくん・2 悪について

前回の続きです。


モチーフである音楽や小説からも想起される、
豊饒で多岐的な「喩」の話、「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」。


どんな角度からも読み解けるストーリーには、繰り返し象徴としての「悪霊」が出てきます。
訳の分からない拒絶、死のイメージ、
挿入話である6本目の指を持つ「異形」の不可思議な話、
まるで呪いのような「暴力を忍ばせた暗い影*1」の幻覚と妄想に翻弄される、とある登場人物。


あと、帯に書かれていた文章「良いニュースと悪いニュースがある」のくだりもそうかもしれませんね。皮肉的な意味で。


つくるくんは少しずつ、巡礼の中で縺れた糸をほどいていきますが、解けなかった部分もある。
自分では手の下しようがない暗闇。


「悪霊」は常に恐怖を持って横たわっていましたが、一方で妙な魅力もありました。
甘い誘惑…、などとがさつに思っていたとき、よしもとばななさんの毎月更新の日記、通称「今月のオレ」をたまたま読みました。
そしてぐっさりと、それはもう見事にやられました。

*1:同著P.365より

続きを読む

多崎つくるくん・1 音楽と喩

ミーハーなので、読みました。

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年


作中楽曲がまたも話題になりましたね。

Liszt: Annees de pelerinage (Complete recording)

Liszt: Annees de pelerinage (Complete recording)

きっと草葉の陰でリストもベルマンも驚き、喜んでいるでしょう。


春樹さん、相変わらず楽曲も演奏者も実に渋いセレクト。
リストはコンサートで取り上げられる機会が多いほうです。が、「巡礼の年」*1の中でよく弾かれるのは「オーベルマンの谷」「ダンテを読んで」「エステ荘の噴水」あたりではないかと。華やかで聴きごたえがあるやつ。
今回取り上げられた「ル・マル・デュ・ペイ(邦訳では「郷愁」)」は文学性が高くヨーロッパ的知性も内包された素敵な曲ですが、日本では特に、単体ではまず演奏されないのではないでしょうか。地味すぎて。
わたしはすくなくとも「巡礼の年第1年・全曲演奏」取り組みの場でしか聴いたことがないです。
でもこれから増えそうですね。


モチーフは「オーベルマンの谷」と同じ、セナンクールの小説「オーベルマン」*2。ヨーロッパを放浪する主人公オーベルマンが、青春の苦悩や自然についての思索を親友へ書き連ねた、91篇の書簡で構成されています。
当時ゲーテの「若きウェルテルの悩み」と共に、自殺を流行らせたという魔の物語です。だから、これを愛奏する女子高生が、幻覚やよからぬ妄想にとり憑かれるのは理解できる気がします。
余談ですが時をほぼ同じくして、日本でも心中ブームがあったと言います。なんだよ19世紀。怖いよ。


まあ、音楽ヲタとしての前置きはこのくらいにして、作品の感想を。
圧倒されました。まるで神話のようだ、と思いました。
物語としての「喩」の何と美しいことよ。

*1:第1年のみならず全部の中で、という意味。

*2:詳しくはwikiで。

続きを読む

ふしぎなせかい「abさんご」

149回芥川賞受賞作品「abさんご」がえらい問題作だった。

abさんご

abさんご


ミーハー魂全開で読み始めたが、こんなに読中と読後で印象が違う小説は過去にない。
特徴は何といっても独特の文体だ。
横書きだし、固有名詞がほとんどない。平仮名を多用した比喩で表現することによってそれは極端に排除されている。


例えば、「盆灯籠」についてはこんな感じ。

死者が年に一ど帰ってくると言いつたえる三昼夜がめぐってくると,しるべにつるすしきたりのあかりいれが朝のまからとりだされて,ちょうどたましいくらいに半透明に、たましいくらいの涼しさをたゆたわせた.


(P.007 より抜粋)


あとは、「蚊帳」の表現が素敵だった。

続きを読む