静寂を待ちながら

お笑い、テレビ、ラジオ、読書

いろんな性癖(「ご本、出しときますね?」新春SP)

こんにちは。年が明けましたね。
昨年は色んな世界が激動でしたが、今年はどうなるんでしょう。多くの人が笑顔で、たとえ思う通りにいかなくても、何となーく笑って生きていけるような世の中になってほしい。
個人的には「健康」「地道」「努力」「(多大なる)睡眠」を目標にする所存です。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

………
年末年始のTVでは、2017年1月2日22:00〜、BS JAPANにて放送された、文筆系トークバラエティ「ご本、出しときますね?」SP、とっても良かったですね。


MCはオードリー若林さん。
ゲストは朝井リョウ直木賞作家)、西加奈子直木賞作家)、村田沙耶香芥川賞作家)、綿矢りさ芥川賞作家)。
作家ならではの視点で語られる世相の話、本の話。全てが面白かった。
朝井さんの「2年後に出ててくるであろう、社会学として読まれる青春小説作家との対談に今から備えている」話に爆笑し、綿谷さんが岩波の「育児百科」を紹介しているのを見て、時の流れを感じた。西さんの「今、世間で自分に無関係でいられる出来事なんて何ひとつない」という見解に心の豊かさを感じ、村田さんが「ワイドショー(のどぎついニュースを)見ると吐いてしまう」に、妙に納得させられた。

中でも、自分がハッとしたのは性癖、性犯罪関連のお話。
皆さんの意見をざっくり。
「たまたま自分が世間から咎められる性癖を持っていないだけ。もし矯正させられたらむっちゃ辛いと思う(西)」「性犯罪者の更生プログラムが知りたい(朝井)」。「そういう人を、小説で救えると思う(村田)」「漫画などで、そういう表現を規制し過ぎてはいけない、抑止力になっているはず(朝井)」。
皆、安直に非難をしなかった。もし自分がそうだったなら、という視点。他人事ではなく「自分事」として捉えていた。作家とはこういう生き方をいうんだな。すごく感銘を受けた。

で、考えました。
あらゆる性癖は肯定されるべきである。他者を傷つけない限り。ただ「性」は往々にして、対象を必要とする。そこで犯罪が生まれてしまう不幸。
番組内で「もし(私が)猫にしか欲情しない…、とかだったら辛い。それは自分で選んだ訳じゃないやん(西)」なんて話が出たが、個人的には全然いいと思うんです。ヒトの性には必ず、心情や理性が関与するから、ある程度の変態性は仕方ないと思う。ただ、この事例の場合は、周りに迷惑をかけず、自慰に留めなくてはならないですよね。どっかの猫を捕まえてきて、手心を加えたら動物虐待だから。ここら辺の幅には癖の性質上、個人差があるだろうから、難しい所だ。
しかし、たとえ理解出来なくても、「そういう人もいるんだなあ」と肯定できるような人間でありたいです。自分は(あらゆる意味で)平凡な人間だと思うけど、何処かの誰かが見たらおかしな奴かもしれないから。

閑話休題
以下、犯罪に至る、普通の人々について言及してみます。

サイコパス*1ではなく、普通の人が罪を犯す場合、大抵は誰もが持つような性質が根になる。角田光代著「紙の月」で派手な横領をしたヒロインも、始めは「ちょっと借りるだけ。後で返せば問題ない」というところから、徐々に転落していったわけだし。
性犯罪も、そうじゃないかな。小さな独占欲や嫉妬心など、誰もが持ってる性質をあらぬ方向に膨らませてしまった結果。おんなじ人類として生まれて、そんなに性質に大差はないと思うのだ。文化的差異はあっても。

ただ「あらぬ方向」とは何か。

キーワードは「背徳」と「自傷」だ。
犯罪は、背徳感と切り離せないものだ。ひとつは、アウトロー的な観点から。社会に対する、歪んだ反骨心。自分が社会生活不適合者だと考えることで得られる、変なプライドってある気がする。無論、心を痛めながら罪を犯す人も多いと思うけど、行動しているうちに、だんだん麻痺してくると思うんだよね。そうやって罪は生まれる。
もうひとつは、自分に対する背徳感。端的に言うと「自棄」ですな。人は自信を失うと、さらに自分をダメにする場合がある。心または体が傷ついた時、そのダメージに健全な身体(か心)・外的状況を合わせ、全体レベルを同じくしようするのだ。あえて自分を汚す。つまり、犯罪とは一種の自傷行為なのだ。

自傷行為の話になったので続けるが、自傷のベースにあるのは希死観念だ。死にたいことなんて、生きてりゃ誰だってある。厳密に言えば、行動せずとも、そう思う事すら自傷である。自分を見損ない、見捨ててしまった果ての感情だから。
しかし、「死にたい」ってのは、裏を返せば「生きたい」という叫びでもある。心が苦しみ彷徨うと、人は生きている実感を得たくなるものだ。己へ刃を向け、血を流せば、その瞬間、生々しい命が立ち上がってくるから。
誰もが持つ、ささやかな癖、性質。それが、何らかの理由で背徳や自傷のフィルターを通ってしまったとき、人は自分、あるいは他人を傷つけ、その先に犯罪を生んでしまうのかもしれない。

ただ、さんざん深層心理っぽい分析を書いておいてなんですが、性犯罪者の更生プログラムをざっと調べると、現在もっとも有効とされてるのは認知行動療法なんですよね。パブロフの犬じゃないけど、今まで性欲を感じていた行為・状況の認知が歪んでいると指摘し、「上書き」していく。
まず、歪みを意識させるんですって。例えば「人気のない夜道」だと、「怖いから避けよう」とか「(痴漢と)誤解されたくない」がよくある認知。しかし犯罪者は「ここなら(痴漢が)バレずに済む」と思ってしまう。これを指摘する訳です。で、その後は、とにかく意識と行動を変えるための訓練をするそうな。
カウンセリングが有効な気もするが、実際あんまり効果がないらしい。確かにそうなんだろう。原因はだいたい過去にあり、それはもう変えられないから。早急に抑止するなら、「この感情が湧いたらこっちの道を」と行動させてどんどん変えていくほうが、手っ取り早い。社会的にはね。そもそも、性のスイッチって「パブロフの犬」的な側面も、無きにしも非ずだから。

ただ、司法と小説は違う。
小説を読む行為とは、時空を越え、他人を生きることだ。一度きりの人生では経験しようのない事柄を、物語は生々しく、或いは寓話的に伝えてくれる。「多角的な視点」を得られれば、人は強くなれる。想像力を鍛えられるから。村田さんが「救いになる」と言ったのは、そういう意味かなあと。

……
人類と一口に言っても十人十色で、皆違う人生を生き、社会を作っている。
肯定と多角的視点。
つまりは、思い詰めずにゆるーく在ることこそが、生きづらさを緩和してくれるのではないか。
その一助になるのが小説だ。勿論、和歌や詩などを含む文学全般、音楽や美術、漫画や映画やドラマ、舞台、その他のエンタメも。


取りとめもないまとめになりましたが、そんな事を考えました。

新春から思いを巡らせてくれたこの番組に大感謝!です。さすが、信頼と実績の佐久間プロデューサー。
そうそう、過去の番組が書籍化されるそうですよ。楽しみです。

*1:ここでは、脳などの器質的な疾患が人格形成に影響を与え、犯罪者になってしまった人を指します。