複雑であいまいな私 その3 すべての根、洗練と混沌
前々回は、同時に「ふたつの感情」を想起する、
伝統芸能である能の「面」と、現代のコントについて、
前回は、ドラマや映画の劇判音楽でも見受けられる同様の表現と、
複雑さは抑制や抽象へと転化しやすく、
それゆえに生々しい人間という存在を超越した能面は、受け手の想像力を媒介にして多くの感情を表出する、ということについてはなした。
なぜ、このような表現をわたしたちは選び、受け入れ、
時代を問わず愛し続けてきたのだろうか。
わたしはそのヒントを、加藤周一さんの考えのなかに見つけた。
今此処の日常的世界は、感覚を通してあたえられる。
その世界を、それを超える何ものかを関連させることなしに一つの文化が成熟すれば、そこには感覚の無限の洗練が起るだろう。
たとえば色の感覚は鋭くなり(平安朝日本語の色名の豊富さ)、嗅覚は冴え(香合せ)、耳は複雑な倍音を聞き分けるようになる(能の鼓)。
そういう感覚の洗練の極致が、すべて一転に集中して成ったのが利休の茶の湯であろう。
加藤周一セレクション3 日本美術の心とかたち P.314「手のひらのなかの宇宙」より 抜粋加藤周一セレクション〈3〉日本美術の心とかたち (平凡社ライブラリー)
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『それを超える何ものかを関連させることなしに』というのは、ここでは『茶の湯』が行われる茶室を指す。
閉じられた空間が、感覚の豊饒を促したというのだ。
これを俯瞰で捉えたとき、日本の「地理的条件」とおなじと言ってもまったく差し支えない。
極東の島国、
海を渡らないと他国とのコミュニケーションのとれないところ。
「はしっこの島」に住むわたしたちの身体は、五感をよりセンシティブな方向へと進化させた。
続きを読む複雑であいまいな私 その2 ドラマ、劇判音楽
前回は、同時に「ふたつの感情」を想起する、
伝統芸能である能の「面」と、現代のコントについてはなした。
他にも、笑いと恐怖、喜びと悲しみなど
異なる感情を一度に提示しているものはとても多い。
わたしは、そのいくつかを思い出した。
昨年放映されたドラマ、「それでも、生きていく」。
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少年犯罪を扱った、重く透明な作品だ。
第6話。
被害者家族のもとへ加害者少年Aを育てた夫婦が訪ねてくる場面。
大竹しのぶさんが演じる、娘を殺害された母親は、
もともとは近所の住人として交流のあった、時任三郎さん・風吹ジュンさん演じる加害者夫婦をもてなそうとする。
お茶菓子がないと憤り、そうめんをゆでて出すと言い張って支度する。
「あの人たちは客じゃないから」とたしなめる瑛太さん(被害者の兄)の言うことも聞かない。
気まずい食卓、必死の世間話。
途中、抑えられない感情が噴出してこぶしを振り上げる大竹さん。
すんでのところでこらえた後、デザートにスイカを切ってきます、と言って台所へひっこむ。
怒りと悲しみ、
「あっちはあっちで、いろいろあるんだろうなあ」*1というやるせない思い、
それから、客観的に見ると想起する、何ともいえないおかしみ。
一筋縄ではいかない感情の交錯がおりなす圧巻の名場面だ。
続きを読む複雑であいまいな私 その1 能とコント
心ひかれる研究を目にした。
名大と東大、「能面」が多様な表情に見えるのは「情動キメラ」が理由と解明 (2012年11月22日)
名古屋大学(名大)と東京大学は、古典芸能で使う「能面」が多様な表情を見る側に想起させるのは、
能面の各顔パーツが異なる情動を表現している「情動キメラ」であることが原因であり、
こうした「情動キメラ」からの表情判断は、主に口の形状に基づいてなされることを示したと発表した。
(続きはリンク先へ)
マイナビニュースより
能の中で若い女性を演じるときに用いる「小面(こおもて)」という面を使った実験。
無表情の代名詞にもされる「能面」で、感情をあらわすやり方にはルールがある。
面を上方へかたむけると「テラス」、笑顔や明るさを意味する。
下へかたむけるのは「クモラス」で、悲しみや落ち込んだ気持ちを示唆する。
しかし、能のたしなみを持たない大学生がそれをみたとき、
「テラス」の顔は「悲しんでいる」ように見え、
「クモラス」は「喜びの顔」だと感じたのだ。
真ん中にあるもの その3 ベルガイシュの音楽
その1では日常の豊かさを享受するラボルト精神病院の人たちに、
その2では、祝祭を通じ、それをさらに魅力的な形へ転化することについて触れた。
よく似たはなしが、ポルトガルにあった。
ポルトガル人の女性ピアニスト、マリア・ジョアン・ピリス*1は、1999年、
彼女の自国に「ベルガイシュ芸術センター」を開設した。
(ヤマハのピリスインタビューページより引用)
詳しくはこちら→
マリア ジョアン ピリスによるベルガイシュ芸術センタ−を訪れて
ラボルトと同じく、1世紀以上前に建てられた古い建物を改装して作られた、雰囲気のあるところだ。
ここでは、若き音楽家を集めて、定期的なワークショップが開かれていた。
ふつう、クラシックのそれは、個人レッスンや公開レッスン、
講師の簡単な講義やコンサート、最後には生徒による発表会、
というのがスタンダードな形式だ。
ベルガイシュはそれだけではない。
*1:現在は「ピリス」より「ピレシュ」と呼ばれることが多い気がします。
真ん中にあるもの その2 ラボルトの祝祭
前回は、誰もが対等に暮らしている、ラボルト精神病院の日常についてはなしました。
映画の冒頭に戻ります。
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物語は、のびのびと歌う女性のシーンからはじまる。
ここでは、毎年患者さんと看護師、職員などが一体になって演劇を披露している。
外部から家族や観客が招待され、同日にはバザーも開催。
収益は、病院の運営資金に充てられているようだ。
歌は、その劇中歌だ。
続きを読む真ん中にあるもの その1 ラボルト精神病院の日常
きっかけは、この記事だった。
INTERVIEW 「正常」とは何ですか?
伝説の精神病院「ラ・ボルド」で写真家・田村尚子が写した問いかけ
WIRED.jp(写真は当該記事より引用、以下同様)
フランスの精神病院、「ラボルト」を写真家の田村尚子さんが、6年に渡り取材した経緯等の紹介。
その様子は、写真集「ソローニュの森」に収められている。
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『夢売るふたり』がみていた夢
2012年9月8日、西川美和監督・脚本の「夢売るふたり」が公開された。
「夢売るふたり」 公式サイト
西川美和さんは、「ゆれる」「ディア・ドクター」など、一貫して「罪」に関する作品を生み出している。
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今回は結婚詐欺を行う夫婦を主役に据え、男と女の関係を濃密に描いた。
簡単なあらすじはこうだ。(ネタバレなし)
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松たか子さん演じる「里子」と、阿部サダヲさん演じる「貫也」の夫婦は10年来の念願だった小料理屋を手に入れたが、火事で一瞬にして失った。
苦しい生活を立て直し、新たな店を構える資金源として選んだのは「結婚詐欺」。
ひょんなことから入ったこの道が、夫婦の歯車を狂わせていった。
…………
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