複雑であいまいな私 その1 能とコント
心ひかれる研究を目にした。
名大と東大、「能面」が多様な表情に見えるのは「情動キメラ」が理由と解明 (2012年11月22日)
名古屋大学(名大)と東京大学は、古典芸能で使う「能面」が多様な表情を見る側に想起させるのは、
能面の各顔パーツが異なる情動を表現している「情動キメラ」であることが原因であり、
こうした「情動キメラ」からの表情判断は、主に口の形状に基づいてなされることを示したと発表した。
(続きはリンク先へ)
マイナビニュースより
能の中で若い女性を演じるときに用いる「小面(こおもて)」という面を使った実験。
無表情の代名詞にもされる「能面」で、感情をあらわすやり方にはルールがある。
面を上方へかたむけると「テラス」、笑顔や明るさを意味する。
下へかたむけるのは「クモラス」で、悲しみや落ち込んだ気持ちを示唆する。
しかし、能のたしなみを持たない大学生がそれをみたとき、
「テラス」の顔は「悲しんでいる」ように見え、
「クモラス」は「喜びの顔」だと感じたのだ。
調べると、目の表情は「テラス」「クモラス」の双方とも、気持ちと感覚に矛盾がないのだが、
まゆと口角の見え方がまったく反対の感情を想起させていたということが分かった。
同記事より。
音楽や姿勢で悲しみを表しつつ、すべてが悲しみを表現するのではなく、口元に逆の表情を忍ばせることで、
見る側が潜在的に受け取る情動情報は複雑になると考えられ、そうした情動情報の提示を複雑にして、見る側の感情を揺さぶることが、今の能面を完成させた世阿弥の意図だったのではないかと、研究グループは推測する。
(上記記事より抜粋)
喜びのなかに絶望が混じっていたり、
悲しみにひとすじの光が差し込んだりして、
心情は立体化し、豊饒になる。
本来、出来事や状況そのものには善悪も正誤もない。
色付けをするのは人のこころで、ときにはふたつ以上の感情が明滅することもある。
悲しさとおかしみ、あるいは怒りと希望、というような気持ちが同時に湧きあがると、
そのただ中にあるときはコントロールしがたい。
しかし、落ち着きを取り戻すと、出来事は極彩色で記憶に残り、
人生に深く刻みこまれる。
わたしは、ふたつのコントを思い出した。
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同僚と痛飲して帰宅した日村さん。
留守電には古い友人、設楽さんからたくさんのメッセージが。
電話の向こうで彼は、少しずつドラマティックでサスペンスな事態に巻き込まれていく。
舞台は、ほぼ日村さんひとりで進行し*1、
着替えながら、下着と靴下だけの姿になる。
ふくよかな体型、口調などからコミカルさは消えない。
しかし、それに反して後半はどんどんスリルが増していく。
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夜の体育館。
同窓生で、卓球部の仲間であったらしいジャック(片桐)とプリマ(小林)*2。
クラスのマドンナと数年ぶりに会うプリマははしゃいでいる。
介する理科教師のジャックは、彼女を迎えに行くと言い残し、プリマの上着を借りて消える。
しかし、ジャックの意図は別のところにあったのかもしれない。
うきうきと待っていたプリマは、残されたものを見るうちに、徐々にそれに気がつき青ざめる。
笑いと歌*3、
そして底知れぬ戦慄が舞台を徐々に満たす。
ちりばめられた伏線が幾層にも重なるさまは、まるで宗教画のように美しい。
ふたつのコントに共通しているのは、恐怖と笑い。
身体感覚に置き換えれば、緊張と弛緩だ。
しかし、両極にある感情の間をスピーディーに行き来させられることで、
舞台という二十畳の空間は宇宙のように拡がっていく。
それは、能の本質とも共通している。
そして、能が「劇」と「歌舞」の二つの要素の巧みな統合によって成り立っているように、
能面もまた「写実」と「抽象」が巧みに融合されて、ひとつの造形美を創り出しています。
このように相対立するものがAufheben(止揚)され、新たな表現を生み出すのが、演技、演出も含め、
能の表現を貫いている根底です。
極端な譬えですが、アクセルを踏みながらブレーキをかけている、と申し上げていいでしょうか。
同著 P.6「能面の魅力」(西野春雄) より抜粋
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『アクセルを踏みながらブレーキをかけている』というような、
あからさまではない複雑な表現を、日本人は昔から好んでいたかもしれない。
ふと記憶をたどると、それはコントという笑いの場だけでなく、さまざまな場で現代も用いられていた。
続きは次回に。