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『夢売るふたり』がみていた夢

2012年9月8日、西川美和監督・脚本の「夢売るふたり」が公開された。

夢売るふたり 公式サイト


http://yumeuru.asmik-ace.co.jp/

西川美和さんは、「ゆれる」「ディア・ドクター」など、一貫して「罪」に関する作品を生み出している。


ゆれる [DVD]

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(兄弟、家族について)


(偽医者を通じて)



今回は結婚詐欺を行う夫婦を主役に据え、男と女の関係を濃密に描いた。


簡単なあらすじはこうだ。(ネタバレなし)


…………


松たか子さん演じる「里子」と、阿部サダヲさん演じる「貫也」の夫婦は10年来の念願だった小料理屋を手に入れたが、火事で一瞬にして失った。
苦しい生活を立て直し、新たな店を構える資金源として選んだのは「結婚詐欺」。


ひょんなことから入ったこの道が、夫婦の歯車を狂わせていった。


…………

男と女の間には暗くて深い河が流れている、とはよく言うが、その原因は互いへ「夢」を抱くからだと思う。
幻想、といい換えてもよいだろう。


人間は、愛する相手を正確に把握することができない。
自分にとって都合のよい「夢」というフィルターを通した姿のみが見える。
もっと言えば、人は「あらゆる他者」、あるいは「じぶん自身」すらも、正しく捉えられない生き物だ。


それは、想像力を手に入れた代わりに、失ったものである。


痛ましい事故の後、夫は健気に働く妻に対して、「畏怖」や「神聖」、妻は愚痴をこぼし甘える夫に「繊細」「弱さ」という幻想を持った。夫婦は、ぎこちなさと依存の間を行き来していた。


しかし、結婚詐欺を機に幻想は変わった。
夫は、詐欺相手の「カモ」の女性たちの目に映った、弱くも愛らしい、偽りの自分を気に入り始める。
妻は、自分が持っていた幻想の夫はもういないことを知る。そして、「夫の不在」という強烈な存在感にむしばまれていく。


女な現実的でしたたかだ。
禁忌を破るのは夫だが、妻はそれを鎹にしようとする。


夫婦でも友人でも家族でも、国家でも何でもいいが、共同体を作るとは禁忌(タブー)を認識し合うことである。
それらをうまく回していくためには、逆説的だがタブーのグレーゾーンに寛容でなくてはならない。


ふたりのタブーの扱い方の違いは、そのまま、男性「性」と女性「性」の違いなのではないか、と感じた。


パンフレットで、西川監督は語っている。
私はこの仕事をする前は映画に夢を抱いていたが、その気持ちはもうない。
ある意味、映画への夢を売って大人になったのだ、と。


夢見ていた「夫婦」への幻想を売って、詐欺をしながら必死に生き抜くふたり。
松たか子さんの気品と、阿部サダヲさんのユーモアが救いになっている。


個人的には、妻が義父からの電話に応じる一連のシーンに胸打たれた。


他の役者陣も全て魅力的だ。
風俗嬢を演じた安藤玉恵さんを好きになった。
また、後半に、鈴木砂羽さんが松たか子さんに微笑みかけるシーンがある。
鈴木さんの笑顔は、圧巻だった。


ひとを好きになり、苦しんだ経験があれば、この映画のよさは分かるだろう。
文学的で、100年後にも残る普遍性をはらんだ作品だ。


私事だが、「ディア・ドクター」公開時、西川美和さんのトークショーと音楽担当のモアリズムのライブイベントを拝見した。


西川さんはとても美しく小柄で、聡明な女性だった。
最後には握手会などもあり、写真撮影にも気さくに応じていた。
この人がこんな凄みのある作品を作ったのだと思うと、正直驚きを禁じ得なかった。


モアリズムのライブも素敵だった。映像を見ながら、その場面ごとに合わせて音をつけているそうだ。
柔らかく奏でられる音楽は、ふたりの夢、女たちの夢を温かく彩っていた。


あまりに面白かったので、こんな本も購入しました。

夢売るふたり―西川美和の世界

夢売るふたり―西川美和の世界


糸井重里さんとの対談や、役者さんへのインタビュー、監督への100の質問、絵コンテや制作日記、評論など。


鶴瓶さんのインタビューが秀逸です。
100の質問」では西川さんの小説や絵画への造詣の深さと、男気あふれる性格が垣間見えました。


また、過去の作品にも触れていて、書き下ろし小説までついています。これがまた、恐ろしく素晴らしい。


単なるいちファンの思いをつらつら綴りましたが、ぜひ劇場へ観に行ってほしいと思います。