静寂を待ちながら

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吉本隆明全集刊行によせて

こんにちは。
本日は吉本隆明さんの命日です。あれからもう2年が経つのですね。あのときは本当に、自分でも驚くくらいに動揺した。ただのファンにすぎないのに。身内が亡くなったときみたいに、いやある意味ではそれ以上に辛かったです。彼の思想や発言をどれだけ頼りにしていたのか、そしてどれだけ救われていたのかを痛切に感じました。

本日のエントリは、基本的に冷静さを失っております。だって、わたくしが人類史上、最も尊敬する人が吉本さんだから。ちなみに「存命」に限定すると、タモリさんが現在の第1位です。
…………
晶文社さんから2014年3月13日、「吉本隆明全集 第6巻」が配本されました。記念すべき第一回目の配本です。
次女・ばななさんが以前HPの日記で「父の最後の願いが叶わないかもしれない」とこぼしていたときは真剣に「何でだよう」と思った。そして祈っていました。だからこのご時世に社運をかけて全集を出して下さる晶文社さんには、心から感謝しています。天国に向かって「おめでとうございます」と笑顔で言えます。お前は誰だと問われたら「ええと、血はつながっていないですけど吉本さんの子どもなんですの…」と怪しい感じで言って、全力で逃げます。
2020年までこつこつと全38巻を刊行するスタイルも、吉本さんの文や思想に合っていると思う。生きる楽しみを増やしてくれてありがとうごぜえますだ…。こつこつと購入させていただきます。
まず、全集の特設サイト、ぜひ沢山の人たちに見てほしい。ばななさんのエッセイ、見城徹さんの推薦の言葉を読んでほしい。

父と全集  /よしもとばなな


父にとって考えることと仕事をすることは呼吸のようなものであり、日々の挑戦であり、唯一の憩いであった。
父は玄関先に急に読者さんがいらしても決して断ることなくお茶を出し、いつまでも話を聞いた。晩年足が痛くても、糖尿病で親指が氷みたいに冷えていても、寒い玄関で立ってずっと話していた。
(以下略)

人間的な、あまりに人間的な  /見城徹 推薦の言葉


(前略)戦後、最も強く衝撃をうけた事件は? という質問には、「じぶんの結婚の経緯。これほどの難事件に当面したことなし」と答えている。
その直後の、最も好きな言葉は? には「ああエルサレムエルサレム、予言者たちを殺し、遣されたる人々を石にて撃つ者よ、……」とマタイ伝23の37の言葉を記しているが、吉本にとっての人妻を恋するという内面のドラマが、どれだけ思想の形成に深く関わったかを読み取る時、僕の生きるという営みが影絵のように重なり合って、毎回、慄然とする。(後略)

吉本さんはいつも「ただの人」であることから自分を決して離さなかった。戦中、食料が乏しいとき、自分らはともかく子どもの皿には多めに盛り付ける、でもあくまでさりげなく、ばれないように配慮しながら…、という行動をしてくれた両親、下町の、決して裕福でも優秀でもなかった彼らのような在り方が、もっとも人として大切なのだと、いつもおっしゃっていた。無知から既知へ、そして「非知」へ到達せよ、と。
学校で教えず、岩波に寄稿せず*1、「権威」からは常に距離をおいていた吉本さん。下町の高貴さみたいなものにものすごく弱い私にとって、彼は本物のヒーローでした。
「一つのことを極めれば全てのことができるようになる」と言うけど、吉本さんは文学論を突き詰めていった結果、人間存在・国家・情況など、あらゆる事柄へたいして思想の枝葉を伸ばすことに成功した。そして、根幹には「ただの人」があった。


わたしが彼の書物をはじめて読んだのは「僕ならこう考える」(リンクはAmazon)です。「もし浮気がばれそうになっても、けっして口をわっちゃいけない。誤魔化すのがベストなのだ」とか、「性格は胎内〜1歳未満で決まってしまうから、大人になってじたばたしても無駄だよ、あきらめてうまくやっていきなよ」などのアドバイス群は思春期の私にとって実に新鮮だった。「えええ…」と思いつつ何度も読み返したものだ。そして分からないことは「今の僕には分からない」「ここまでは考えたけど、結論はまだ出てない」と誠実に語る、粗い考えをよしとしない姿勢にすごく憧れた。
だから私は全力で応援する。感想もときどき書く。うそのない吉本さんの言葉や今回の全集が、ぜんぶでも一部でも、どうか多くの人に届いてほしいと願ってやまない。

*1:批判ではありません、念のため。岩波は、日本において長らく「文学の扉」の役割を担ってきた素晴らしい出版社です。