静寂を待ちながら

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坂道に佇むタモリ

2012年7月21−22日、フジテレビ恒例の27時間テレビが放映されました。

FNS27時間テレビ 笑っていいとも! 真夏の超団結特大号!! 徹夜でがんばっちゃってもいいかな?



http://www.fujitv.co.jp/27h/index.html

今年は「笑っていいとも!」を中心とした構成で、タモリさんが司会となって27時間を駆け抜けるということから、随分と注目度が高かったようです。


タモリさんは、今年で67歳。失礼ながら、「徹夜で頑張る」との謳い文句が少々心配になる年齢です。
しかし、いつもの通り淡々と司会やコーナーをこなし、深夜の「さんま&中居の今夜も眠れない」では、さんまさん、たけしさんとともに久々のBIG3対談が行われました。


周囲の昂揚に時折合わせつつも、あくまでマイペースに、飄々と出続けるその姿には、いつも静かな品位が湛えられていたように思います。


最後のマラソン、ゴールシーンも、感動の演出で盛り上げようとする周囲をよそに、大げさになり過ぎない程度のねぎらいで草なぎ剛さんを迎えました。


抗いがたい華と、MCなど中心人物としてふさわしい存在感がありながらも、それに固執せず自由を携えているタモリさん。


彼の座右の銘は「現状維持」。
また、「やる気のある者は去れ」「反省はしない、適当がよい」などと方々で公言しており、お笑い芸人としては珍しく、クールで低体温な性質を持っておられます。


そんな彼の、芸人、そして人としての根はどこにあるのか。
つたないですが、私が垣間見、妄想を巡らせたことについて記します。

……………………

2005年10月24日、東京国際フォーラムにて、中洲産業大学ほぼ日刊イトイ新聞presents 「はじめての中沢新一」というイベントが行われました。


ここには、「ブラタモリ」の原点があります。

はじめての、中沢新一
アースダイバーから、芸術人類学へ


http://www.1101.com/nakazawa/

中沢さんのライフワークである「アースダイバー」と銘打たれたフィールドワークや、芸術人類学について語られた講演です。
司会としてタモリさんと、糸井重里さんが参加されています。



この中でタモリさんが「感動が嫌いな理由」について、話している場面があります。

(以下、引用は上記URL内による)

タモリ 『あの、ぼくは
夢とロマンスが大きらいなんですよ。
わかりますか?』

糸井 『(笑)はい。』


タモリ 『なんでかっていうと、たとえば
ディープインパクトが勝ちまして、
インタビューで男が
「いやぁ! 感動したなぁ!」
って叫んでいるんですけど、
ちっとも感動しないんですよ。』


糸井 『ディープインパクト本人は
感動してないですよね。』


タモリ 『ええ、走ったってだけの話で。』

『なぜ、俺が、感動したりするのを
控えていたかと言いますと……。』

中沢 (笑)

糸井 『控えていたんですか!』

タモリ 『控えてました!
感動する人間ていうのは、
だんだん
感動がなくなっていくと思うんです。


と、同時に感動している俺っていうのは、
人間的に素晴らしいだろうと……。』

中沢 『(笑)あぁ。』

タモリ 『そう言っているようなものなんですよ。』

(中略)

タモリ 『でも、人類にも、
いつか感動できるようなときが
くるだろうと思うんです。
その日のために、俺は感動しないんだ。』

糸井 『(笑)すごい!
「レストランに行くからごはん食べない」
みたいなことですね。』

タモリ 『「夢なんか語らねえんだ」と。
夢があるから絶望があるわけですから。』


(「第22回 タモリさんの感動論」 より)


タモリさんにとって、感動とは台風の外側の出来事です。
目の中にいるものにとって、そこは無風なのかもしれません。


そして、意外にも、この後に「俺はこれから感動する」という宣言がなされます。

タモリ 『やっぱり、中学の時に
勉強できない奴が
いっぱいいるんですけれども、
勉強できない奴にどんなに勉強さして、
尻を叩いても、先生方は
「みんな勉強する能力は同じだよ」と。


違うんですよ。
だから勉強できなくてもいいわけです。』

糸井 『そうですね。』

タモリ 『勉強ができなくてもいいのに
なぜさせるのかというと、
やっぱりその西欧の考え方ですからね。
資本主義という全体主義がありまして、
それがそうさせているんですね。
ぜんぶ行き詰まりがでてきているんです。』

糸井 『興奮、なさってます?』

中沢 (笑)


タモリ 『興奮してます。』

糸井 『(笑)めずらしく!』

タモリ 『はい。
ですから、
あの、言いたいことは、
本当に感動することは
今から語られることだと。』

(「第23回 興奮、なさってます?」 より)


中沢さんは、この講演で、アースダイバー、そして芸術人類学を立ち上げるまでに至った道程について語りました。


アースダイバーとは、「土地に刻まれた記憶は、居住する人々の心身に大きな影響を与える」という考えのもとに、古に建立された神社や過去の地形などを調査し、日本人の精神の原型に迫ろう、という試みです。

アースダイバー

アースダイバー


これをタモリさんは、こんなふうに表現しています。

(アースダイバーの原点について)


『人間古来の、
「本当のところの最初の考え方」は
いったいどういうものか、
というところからですよね。』


(「第21回 ソフトと地形は結びつく」 より)

原初の人類の思考を知ろうという探求は、そのまま対称性人類学や芸術人類学の根になっていきます。
ここで「芸術」という言葉は、アートや音楽、舞踊などの作品群のみならず、「ヒトが表現するものすべて」といった意味で用いられています。



古代人は、自然と対峙して生きる折、まず、論理ではなく直感的に場や状況を捉え、危機をしのいできました。


自然は、恵みと破壊、生と死を同時に内包しており、矛盾に満ちています。
これらを受容するために、人は想像力を手に入れました。
そして、その叡智の集積として「神話」「民話」が生まれます。
これは人類の表現の原点で、タモリさんの情動を突き動かしたものです。


タモリさんの趣味のひとつは「妄想」。
それは、人類にとって「死へ向かって生きる」という、どうしようもない矛盾と親和するための手段でした。


妄想は、水や食料を持ってきてくれるわけではありませんが、
狩猟や農耕のための力を支える術となります。


命にとって直接的ではないことへの謙虚さと、だからといって無にできない重要性の両方を、タモリさんは知り抜いておられるのだと思います。


「人類にとって大切なことは、古代にすべて考え尽くされている」
中沢さんは、妄想・想像力が生んだ象徴的思考方法の原点や、チベットでの修行、そしてアースダイバーにより、その思想を深めてこられました。

チベットのモーツァルト (講談社学術文庫)

チベットのモーツァルト (講談社学術文庫)


フィールドワークの日々は西洋的な進化論、「人間は発展し続けている」という発想への懐疑にもなります。


「右肩上がり」的な考え方は、ある意味、過去の否定が含まれています。
昔が下だったわけではないのだ、過去からの連続性を見よ、ということです。


タモリさんが放つ、「現状維持」という言葉の向こうの景色が見えるような気がします。



また、タモリさんは坂道が好きで、「日本坂道学会」副会長を名乗っておられます。

新訂版 タモリのTOKYO坂道美学入門

新訂版 タモリのTOKYO坂道美学入門

アースダイバーとご自身の坂道への思慕の共通点について。

タモリ『坂道になぜ興味があるかというと、
坂道を歩いていると不安になったり、
逆に心おどる場合も
たまにある、
というところからなのですが、
『アースダイバー』を読みますと、
土地の記憶から来てるんだということが
とてもよくわかりまして。


伝統というのはよく守られている、
ということも、
『アースダイバー』を読んで
よくわかりました。』

(「第13回 流行は、ここでしかあり得ない」 より)

坂道に感じていた憧憬は、自分が知らないはずの古代の記憶であり、土地の力でした。


坂は、上へ登っていくものではなく、まして下降するものでもない。
過去、そして未来とゆるやかな繋がりを作る糸のようなものです。


中沢さんの一連の思考は、少年期のタモリさんが漠然と感じていたことへ、明確な基盤を与えました。


彼の、無為自然なあり方は、こんな考えによって支えられているのかもしれません。
論理的に芸を組み立てるよりも、矛盾を矛盾のまま受け止めることが、貫かれている姿勢です。


坂道に佇むタモリさんは、人類の原初を見つめていました。


しかし、彼に「そうなんですよね?」と問うても、
きっと「さあねぇ」などと言い、にやりと微笑むだけでしょう。


最後に、吉本隆明さんのタモリ評を。

タモリは自分の領域をよくわかっている人ですね。
もう少し自分は高級なことができるぜってとこがあるんだろうけれど、それを出さないでっていうか、
タモリ倶楽部』みたいな限定されたところで、あれ? 意外だなって感じを出すのに止めてますね。


でも、そっちの「俺はできるんだぜ」の芸だけみせてたら、やっぱりダメなんですよね。
そんなの沢山いるぜってことになっちゃうんですけど、
タモリはその領域を強固に守っているんですよ。


これ、結構難しいことなんですけどねぇ。

悪人正機 (新潮文庫)

悪人正機 (新潮文庫)

「素質って何だ?」 P.179-180 より

爪を見せている「タモリ倶楽部」も、領域を守っている「いいとも」も、30年間続いています。