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北海道だよ、全員集合! 寺子屋ミシマ社×数学ブックトークin北海道

こんにちは。もうすっかり秋ですね。というわけでちょっとだけ風邪を引きました(もう治ったけど)。だって朝晩の寒暖の差が激しいんですもの。毎年、この時期には一度体調を崩すというのが恒例になっている気がする。学習能力の低さが悲しいですが、マスクしたりちょっと厚着して汗をかいたりすればあっという間に治るのでまったく問題ありません。「何とかは風邪ひかない」っていいますけど、少しずれつつも実践してるのでしょう。頭のねじを何本か抜いて生んでくれた母に感謝です。ありがとうマイマザー、マジリスペクト。というわけで、今日も間抜けた顔をぶら下げて元気に生きております。


さてさて、もう1週間以上もたってしまいましたが、「ミシマ社」のみなさまが津軽海峡を越え、地元まで来てくださいました。いつもネット越しに「ええのう…」と眺めていたイベントがこちらで行われるということでわたくし狂喜乱舞し、張り切って参加してまいりましたよ。公式からのご案内はこちらです。
ミシマ社については、よくうかがっている読書会「本のカフェ」にて「計画と無計画のあいだ」の紹介に触れ、「へええ…面白い人がいるのだなあ」と興味をもっておりました。またわたしは森田真生さんの文章の大ファンなのです。彼のことはTwitterから知ったのですが、あの純度と奥行きのふかい言葉たちにはいつも打ち抜かれる。「新潮」での連載など、毎度楽しく拝読しております。
で、そんな二人のお話が聞けるということですごく楽しみにしておりました。場所は教育文化会館の301号室にて。明るい会議室みたいなお部屋で、参加者同士の顔も見やすかったことからなんだかとってもアットホームな雰囲気でした。また後ろにはミシマ社の本や関連する書籍がずらり、その向こうには偉大なまちの本屋さん・くすみ書房の社長さんの姿も!

構成は大きく2つに分かれていて、第1部はミシマ社代表の三島さんによるワークショップ、第2部は数学ブックトークと題し、独立研究者の森田真生さんのトークと数学にまつわる本の紹介でした。

簡単ではありますが、記録がてら感想を。
…………

寺子屋ミシマ社」は出版社・特に編集とはなんぞや、というお話が中心でした。今回は時間が短いということで、寺子屋のおいしいところをギュッと…、という趣向だったのだそうです。
三島さんいわく「編集は旅に似ている」。それも、地図も持たずに見知らぬ土地へ行く感覚にちかいとおっしゃいます。著者と編集者が額を突き合わせ、時間をかけて一つの書籍を作っていく折には、もちろんある程度の方向性はあるものの、最後まで何が起こるか分からない気持ちを忘れずに進めていくとのこと。すると思いもよらぬ花が咲いたり、実った果実が次の作品へとつながったりするのだそうです。その際に大切なのは「五感」である、と三島さんは何度も強調されました。たとえば物質としての「本」を考えるとき、そこへ書かれたお話をもっとも魅力的に伝える「紙」ってどんなだろう、とかね。ご自身が北海道で経験されたヒッチハイクの話や、今回の来道の折、あやしげな客引きにだまされかけたエピソードなどを織り交ぜながらのやわらかくも熱いトークはとっても楽しかったです。ぶしつけな言葉で恐縮ですが、三島さん、佇まいが完全に「旅人」だわねー、なーんて思いながら拝見しておりました。タフで、でも繊細で、トラブルに強く変化を恐れない、そしてロマンを愛する人、っていう感じ。
またワークショップでは「ミシマ社×北海道をテーマに、『ミシマガジン』で連載をするとしたら?」という模擬企画会議を行いました。ミニグループに分かれて喧々諤々。それぞれから興味深いアイデアが出ましたが、投票で人気を集めたのは「10年たったら会えなくなる駅弁」でした。これから北海道に新幹線が通ると駅弁も変わるかも…だから、「現在」を切り取ることに価値が出そうだよね、なんて話に。企画は「『どこに種があるか分からない』精神で」「小さな声を逃さないように」という三島さんのまとめと、いくつかの質疑応答で〆。


しばし休憩ののち、森田さんの数学ブックトークがスタート。これがもう熱かった。数字の「0」がプリントされたTシャツに身を包んだ森田さんは、大学の講義でいえば2講分!もの長時間にわたって、ほとばしるようなトークを展開されました。脳細胞がぷちぷちと増えていくみたいなあの感覚、久しぶりだったな。はああ。
トークの軸は、彼が敬愛するという数学者・岡潔さんについて。…なのですが、彼のすごさを伝えるために森田さんは、数学の歴史をその始祖にさかのぼり、紀元前5Cのギリシャ時代から説明を開始するという…。ばりばりの文系であるわたくしなどは微分積分という言葉が出てきただけで若干目が暗くなってしまうのですが、森田さんの話は、専門的な事柄にもじゃんじゃん踏み込んでいくものの、ものすごーく!楽しめました。0から始まるのではなく、「0に至るまでが大切」だというのが岡潔さんの「情緒の数学」。その研究は芭蕉道元漱石、芥川などの日本的な感受性から知見を得つつ進められたのだそうです。大まかなお話の内容は↓

新潮 2014年 10月号 [雑誌]

新潮 2014年 10月号 [雑誌]

こちらの「零の場所」にまとまっていますので、ご興味のある方はぜひ。主観が大切だ、という数学観、本当に目からうろこでした。そして個人的には三木成夫さんの一連の著作を思い出しました。*1心情と理性の生まれる場所は「境界」なのだよとか、そこには生命の進化や地球のリズムが詰まっているんだよという、あの腑に落ちまくる身体論。あと吉本隆明さんの心的現象論にも通じる気がする。何事も究めると、ひとは同じ地平にたどりつくのかもしれませんね。
それにしても「スーパープレゼンテーション」みたいな森田さんの完璧な話しぶり、本当に格好良かった。ときどき笑いをとりつつも勢いよく、そして愛情深く語っていくあの感じよ。あふれる知性とシャイであろうお人柄、とても魅力的でした。わたくし森田さんのお話なら3日3晩ぶっ続けでも聞いていられる自信がございます。というか聞いていたい。またこちらに来てほしいです。もしくは、自分が機会を作って方々へ聴きに行くかだなー。ふふふ、人生の楽しみがまた一つ増えました。幸せ。
ブックトークでお勧めされていた本(間違ってたらごめんなさい)。

人間の建設 (新潮文庫)

人間の建設 (新潮文庫)

岡潔―日本のこころ (人間の記録 (54))

岡潔―日本のこころ (人間の記録 (54))

数学の自由性 (ちくま学芸文庫)

数学の自由性 (ちくま学芸文庫)

わたしはまず「人間の建設」を読みました。いやあ面白かったです。対談ものなので読みやすいのですが、心を揺さぶられる箇所が多すぎたせいか通読するのに結構時間がかかりましたよ。数学、というか学問って本質的には芸術なんだな、とか、文系とか理系とかってカテゴライズ自体がナンセンスなのかもな、なんて感想が浮かびました。他の本もコツコツ読み進めてみたいものです。

こんな素敵なイベントを「試される大地」で開いてくださったミシマ社のみなさま、本当にありがとうございました。まだ冬に来るかも…、というお話もちらりと目にしました。その際は万障繰り合わせ、鼻息荒く伺いたいと思っております。それから、「協力」のくすみ書房さんにも大感謝!です。

*1:以前にあたいもあつくるしく書きました。これとかこれとかね。