静寂を待ちながら

お笑い、テレビ、ラジオ、読書

にっき

半分本当で半分うその日記です。体力があって、どうしようもなく暇なときにだけ、どうぞ。


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最近、不眠気味だ。寝つきが悪いのは昔からなので慣れているが、この頃は、床についてから1、2時間ほどで目が覚め、そこから全く寝られなくなってしまう。目をつぶって、無理やり寝てしまおうとしても、夏の朝のさわやかな光は、わたしを容赦なく現実へ連れていくのだ。だからいつも、昼の変な時間にうとうとして、睡眠不足をどうにかおぎなっている。ああ、なんという体たらくっぷりよ。
昨夜はすこし疲れていたので、珍しくあっさり夜へ落ちた。しかし、やはりうす暗いうちに覚醒してしまった。あえて目を開かずに、何度か寝返りをうちながらその訪れを待ってみたが、欠片すら届く気配はなかった。わたしはすこしだけ瞼をあけた。カーテンの隙間からこぼれてくるやわらかな光。時計をみると4時半を回ったところだった。まだそんな時間なのか。困った、困った、と思っているうちに身体は勝手に調子づき、指先へ、そして足へと血を巡らせはじめた。わたしは絶望的な気分で身を起こした。追えば去り、逃げれば襲うかの人。きらわれてしまうのは辛い。お願いだ、どうか優しく微笑みかけておくれ。抱きしめておくれ。その姿を求め、わたしは半ばやけくそで部屋を飛び出した。体を動かして疲れたら、すこしは寝られるかと思ったのだ。
早朝の街はしんとしていた。通り過ぎるのは犬の散歩をする主婦と老人、それに新聞配達の青年だけだった。いつもよりも呼吸のしやすい、澄んだ空気が嬉しくて、わたしの気分はすこし持ち直した。そして、ゆっくりだが、やや大きなストライドを保ち、山のほうへと歩いていった。信号待ちをしているときに見上げた曇天は、緑を濃くうつし、なんとも官能的だった。
わたしは坂を登り、その先にある、原生林のなかへと分け入った。
木々は虫や鳥らを遊ばせながら、あらい息をはなっていた。風で帽子が飛ばないように時々押さえつけながら、わたしは普段はいかない奥のほうまで歩をすすめた。昨日の雨が作ったぬかるみが、靴の裏をつるつるとなでる。そのフェイクに引っかからぬよう気をつけつつ、幾つかのアップダウンをこえた。川とは言えぬような小さなせせらぎをまたぎ、傾斜に適当に木をわたしただけの、獣道の階段をどんどん登る。足が止まらなかった。ずっとずっとこの先へと、森が続いていればいいのに。永遠に、緑の中をいければいいのに。次第にわたしはそんな考えにとらわれだした。戻りたくない。帰りたくない。このままどこか、誰もわたしを知らないところへいってしまいたい。帰路よ途絶えてしまえ。わたしは遥か彼方の遠くの山まで行き、穴倉に居を定め、ひっそりと暮らしていくのだ。そこまで考えるとわたしはすこし立ち止まり、自分の妄想にうっとりした。しかし一方で、帰るところがあるから、今ここにいられるのだ、ということにも気がついていた。
すると突然どこかから、きゅうきゅう、という何かの鳴く声が聞こえてきた。驚いて辺りを見回す。さわさわと揺れる葉、湿気った土の匂い。振り向くと、後ろの、古い二股の木を小さい影が走っていた。リスだ。さっと走っては止まり、きゅうと鳴いてはまた走り、を繰り返しながら、ジグザグに枝を登っている。高く響くその声は、まるで、さっきまでのしょうもない、甘ったるい幻想に対する警告音のようだった。わたしは動き回る彼をしばし見つめた。きゅうきゅう、きゅうきゅう。声は次第に、天へ遠ざかっていった、わたしは自嘲気味にほほえんだ。そして、踵を返すと街へ早足で戻った。
帰宅すると、すでに6時半を回っていた。もう寝るどころではない。一日を始めよう。着替えようとTシャツを脱ぐと、首元が蚊に刺され、ぷくりと腫れ上がっていた。