静寂を待ちながら

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叫ベマタヨシ(又吉直樹「火花」が試みた実験)

こんにちは。毎日寒いですね。こちらは相変わらずのしがない日々です。

先日、Eテレ「オイコノミア」で、経済学者の大竹先生が、「又吉さん、今『火花』の売上はどれくらいか知っていますか…?」と電卓を叩き、ご本人とゲストの西加奈子さんに見せていました。あまりの数字に、二人とも絶句。
…野次馬根性から、あたしもつい、電卓アプリを開いてしまいました。そしてそりゃ絶句だ、と納得。

ネット配信でのドラマ化準備も、着々と進んでいるようですね。

又吉直樹『火花』がドラマ化、キャストに林遣都、浪岡一喜、門脇麦(2015.10.19)

CINRA.NET より)

外野の動きも眺めつつ、「火花」の解説もどきの続きを、のんびり書いていきます。
今日はここ。

文学としての価値
*撰択と転換の巧みさ/「急に感情を爆発させる」*1

『VOGUE』インタビューより。

又吉
「それまでは丁寧にやっていたのに、急に叫びだして感情を爆発させるようなものって、音楽では多いけれど小説にはあまりない。
お笑いでも音楽でもそういうものが個人的にも好きなので、実践してみました。」

又吉直樹が、新境地・小説『火花』で試してみたこと。

この作品内で、それが最も顕著なのはこちら。
先輩・神谷が、同棲していた彼女・真樹の部屋を出て行く場面のあとの、回想シーンだ。

それから、真樹さんとは何年も会うことはなかった。
その後、一度だけ井の頭公園で真樹さんが少年と手を繋ぎ歩いているのを見た。僕は思わず隠れてしまった。
真樹さんはすこしふっくらしていたが、当時の面影を十分に残していて本当に美しかった。
圧倒的な笑顔を、皆を幸せにする笑顔を浮かべていて、本当に美しかった。
(中略)
誰が何と言おうと、僕は真樹さんの人生を肯定する。僕のような男に、何かを決定する権限などないのだけど、これだけは、認めて欲しい。
真樹さんの人生は美しい。あの頃、満身創痍で泥だらけだった僕達に対して、やっぱり満身創痍で、全力で微笑んでくれた。
(中略)
その光景を見たのは、神谷さんと僕が、最後に上石神井のアパートへ行ってから、十年以上後になる。

火花

火花

P.91〜92より抜粋。

ポイントは二つ。
まず、時系列を変えずに淡々と進んできた話が、急に「十年以上後」に飛んでいる。ストーリーの軸である、「徳永と神谷の芸人生活」を描かず、時空を超えている部分はここだけだ。そのため、物語の中で、この箇所だけが妙に浮いている。違和感とも幻想的ともとれる、不思議な場面だ

もうひとつ。
「美しい世界を台なしにすることが重要なんだ」と語る神谷を、主人公・徳永がはっきりと否定した場面でもある。
神谷のエキセントリックな表現に憧れつつも、自分には真似できそうもないと悩む徳永。が、後日談とはいえ、ここで初めて「僕は美しいものを肯定する」ときっぱり言っている。未来からの決別宣言。
そして徳永の言葉通り、二人の道はその後、徐々に別れていく。
ただ、ここでは、予兆もなく、徳永の気持ちを急に「爆発」させている、というのが重要。未来へ飛んでまでも真樹を肯定したかった、徳永の溢れんばかりの思いたるや。

……
似たような表現を、音楽から探してみた。

宇多田ヒカルFlavor of Life」(リンクは歌詞)

失恋ソング。慕う人を振り向かせられず、徐々に諦めていく女の子の悲しみが描かれている。
1番は「収穫の日を夢見てる青いフルーツ」など、夏の淡い初恋を思わせるような、甘酸っぱい雰囲気で始まる。その後、振られゆくさまを丁寧に描いているが、後半、急に回想シーンが入る。

忘れかけていた人の香りを突然思い出す頃
降り積もる雪の白さをもっと素直に喜びたいよ

いつの間に冬に…?、そして、さっきまでデートでのやり取りを描いていたたのに、何の説明もなく別れた後の世界に飛ぶのね…、という急展開。しかしそれは音楽で見事に補完されていた。
それまでのサビ→A→B、の繰り返しから一転、新しいメロディと和声がやや食い気味に、そしてささやくように入ってくる。つまり、音で場面を切り替えているのだ。まるで映画みたいな表現。流石としかいいようがない。

おそらく、又吉さんはこういうことを、小説表現の中で追求したいのだと思う。
率直に言って、『感情の爆発』の場面は、個人的には違和感と幻想性への感銘が半々、といった印象だった。
でも、不思議と心に残る。ちょっと反則っぽいなあ、って感じながらもだ。
基本的に、作家の個性は、イレギュラーな部分に出る。だから次回作でも、思う存分「爆発」してほしい、と思う。

又吉さんは今後、作品を積み重ねていくうちに、彼の敬愛する古井由吉さんみたいな、時空や人称が次々と変わるのに、世界観が巧みに貫かれるあの芸術的な表現を、万人に通じるポップな形で提供できる、異色の作家になるかもしれない。
それは、新しい文学だと思うし、芸人である彼にしか書けないもののはずだ。

勝手な妄想と期待をしたためて、今日は筆を置きます。ご静聴ありがとうございました。

*1:5月に行ったトークイベントレジュメより