静寂を待ちながら

お笑い、テレビ、ラジオ、読書

西川美和のいびつな世界

いまさらですが、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。


…………

2013年1月11日、シアターキノで開催された「夢売るふたり西川美和監督のトークショーに行った。



「夢売るふたり」上映と西川美和監督新春トークショー


キノが上映したかった!2012年ベスト2作品



印象深かったところを中心に、簡単な覚書を。


…………


キノの支配人・中島さんによる司会、
前半はトーク、後半は質疑応答という形式。


ロードショーの折はデジタルで封切りされたが、シアターキノではフィルム上映。
柔らかな映像が、例えば冒頭の遠景の美しさをより引き出していた。
今はフィルム上映を行うシアターが激減。
どちらのよさもあるから、本来なら選択肢は多い方がよい、と西川さんは語っていた。


今作にあたって。
前作「ディアドクター」は、「やれることはやった、そしてとてもおさまりのよい作品になったことへの満足と後悔があった」。
その反動で、今回は「いびつなものを、むしろ失敗作を作ろう」という動機から制作に入ったそうだ。


テーマに選んだのは「今まで何となく避けてきた」という「女性の性と生」。
そこから結婚詐欺という設定を考えつき、私立探偵や警察などへの取材を重ねた。


いわゆる結婚詐欺師のイメージは、絶世の美女や美男子に思わずくらっときて…というものだったが、
実際の姿はかなり違った。
どちらかというと普通で、隣にいそうなタイプが多かった、と。
そこから、この二人が生まれた。



相当時間をかけて調べたらしく、
このようなやり方なので、どうしても2年に1作くらいのペースになってしまうのだ、と笑っていた。


また、ウエイトリフティング選手という生き方を選んだ女性を描いたことにも言及。
「女性らしい」という概念から離れたことへ真摯に取り組む、
そして一般的にみて花形ではないスポーツへ情熱を傾けている人というのを取り上げたかった、と語った。
役柄で肉体改造を行う「デニーロ的アプローチ」をしてみたい、という気持ちもあったそうだ。


演じた江原由夏さんは、「ラッキーにもキャスティングに恵まれた」逸材だった。
トレーニング初日で、最終目標としていた重さを持ち上げたそうだ。
コーチが目の色を変えるほどウエイトの才能があり、「リオ五輪を狙える」と言われているらしい。


他の役者さんが演技プランについて監督と打ち合わせを重ねていくなか、彼女はひとり体育館へ通い、黙々とトレーニングに精を出した。
「その孤独感も、この役をやるにあたってうまく機能したのではないか」と西川さんは言った。


それから、「創作」について。
事実は小説より奇なりで、取材で多くのものに触れると、それをそのまま使いたくなることも。
「足を使うから、『何かした』って気にもなりやすいんです」。


しかし、そうではないだろう、と。
「今まで、私は『なぜ、こんなことを人間が思いつくのか』ということに強く感動してきた。
だから、自分もそうありたい」。
言葉を選びながら丁寧に語ったのが印象的だった。



…………


続けて質疑応答。これが楽しかった。
最初は西川監督の出身地・広島に近い、岡山出身の方からの質問*1




・「広島は浄土真宗がさかんだが、作品を作るにあたってその影響を受けているのか」



仏教の考えが染みついた土地柄だが、「煩悩から逃れられない」ことへの絶望感もあり、それを感じて育った。
宗教的な救いという側面だけではない、厳しさをみていたと答えた。




・ラストシーンに関して。
質問者が「その後の二人」に関する解釈を述べ、合っているのかと問う。
西川さんは不敵な笑みを浮かながら聞いていた。


そして「どうでしょうか…」と、はぐらかし、どんなふうに捉えて下さっても構わないですよ、と言った。
どちらかというと男性の方が、未来に希望を持った解釈をするそうだ。
「そういうのって、人生観が出て面白いですよね」とのこと。


実は、始めはまったく違うラストを考えていたそうだ。
それは実際にあった事件がベースになっている。
老夫婦が地方から出稼ぎに来ていて、明治神宮に屋台を出した。車中泊をしていたが、夜の冷え込みに耐えかねてガスストーブをつけた。そして、一酸化炭素中毒で亡くなってしまった。
そこに夫婦の未来を重ね、脚本を書いていた。


しかし「正直、認めたくないのですが…、震災の影響があるんです」と西川さんは言った。
あの状況のなかで、たとえ知らない人でも、生存者発見のニュースは嬉しかったと。
だから、いびつなかたちでも、ふたりで幸せにいなくても、
生きていることの尊さを優先させたそうだ*2





・「子どもの頃はどんなタイプだったのか」


小さいときは、人の裏を読む子だった。
「あの子はこんなことを言っているけれど、本音ではきっとこう思っているんだよ」
と母親に話し、「そんなことしない方がいい。言わないほうがいい」と諭されたそうだ。
「母の教育は正しかったと思う。ただ、映画を作る上ではそれを生かしています」とのこと。


また、優等生ではなかった。
たとえば、試験のときに勉強をせず、赤点を取ってもへっちゃらという人がすごい、と思っていた。
苦手科目を、自分は徹夜で一生懸命勉強するけど、答案用紙をみると覚えたはずの公式を全部忘れてしまう。
だから結果的に赤点になってしまう子だったのだ…、とユーモラスに語った。
ただ好きなことはとことん、という性質でもあり、得意・不得意にむらがあった。
これ、と思うことなら、じっくり机に向かって考えるのは苦にならない粘着気質、と自己分析。





・「何故、二人を九州出身にしたのか」


東京の人は方言に憧れがある。
周囲の女性にリサーチすると、南方の言葉は男らしさ、武骨さがあり好きだという人が多かった。
自身も広島出身で「近いからか扱いやすいという理由もあった」。
ちなみに里子役の松たか子さんは福岡市、貫也役の阿部サダヲさんは田川出身という設定*3


…………
西川さんは相変わらず美しく聡明で、どことなく凄みのある人だった。


「綺麗にまとまらない、いびつなものを」という動機から「避けてきた『女』に向き合おう」という発想に至ったという発言に、
わたしは心をつかまれた。
どのような性で生きていても、じぶん、あるいは社会との違和を感じることはある。
そこに真っ向勝負をかけるのは誰だって怖い。
自分が女らしいと思うこともあるだろうし、違うと感じることもあるだろう。それは男性も同じだ。
揺らぎのなかで、周囲やおのれを見つめ、フィクションを編む糧にする労力を思うとめまいがする。


わたしは彼女の気持ちが何故かよくわかる気もするし、すこし意外な気もした。
映画監督という、一般的な女性像からはすこし離れた生き方。
聡明で美しいからこそ感じるであろう軋轢。
きっとご自身は自分を「女らしくない」と思っているのかもしれない。
何と言うか、「漢気」の強い人でもあるわけで*4


そんな西川さんの今作の「女」は、同性が描くことで現れざるを得ない辛辣さやえぐみが、品性を失わずに表現されていた。
幻想的で、生々しかった。



3月にDVDとブルーレイが発売。これも楽しみです。

*1:あとでtwitterで調べたところ、この方はどうやらお坊さんのようです。質問がもう立て板に水というか、本当の説法のようで、西川さんも「ずっと話を聞いていたいですね」と笑っていました。

*2:この辺りは「夢売るふたり 西川美和の世界」やほぼ日の糸井さんとの対談でも言及しています。

*3:田川出身といえば、バカリズムこと升野さんを思い出します。繊細な武闘派。

*4:職業柄というのもありそうですが、元からの気質と推測します。