心を芯から揺さぶるものとは
前エントリの拙文ですが、何となく消化不良というか、うまく書けなかったことを言葉の力でごまかしてしまったなあ、という感がありました。
鬱々としていたところ「探検バクモンSP」のくだりを、てれびのスキマさんがとても魅力的に取り扱っておられました。
「社会風刺と笑い」(2012.6.24)
先日放送された『探検バクモンSP』は「沖縄入門」と題して「知っていそうで知らない沖縄」を特集。
バラエティ番組として初めて米軍嘉手納基地に潜入したりと…
スキマさんの紹介は、いつも端的でいて、対象を差し出す手に知性と温もりがあります。唸りました。
その中で彼が紡いだ言葉の、
「社会風刺の笑いの本質」という表現に心を惹かれました。
当該番組で紹介されていた「沖縄基地問題」を揶揄するコントを作り、発表している「お笑い米軍基地」。その活動は意義あるものですが、笑うことである種の許容をし、なあなあになっているという側面があるのも現実です。
爆笑問題の太田さんは、それを真摯な態度で指摘していました。
社会風刺をモチーフにした笑い、あるいは文学や音楽、美術などの表現は、過去の歴史においても多数存在します。
ただ、そこで得たものが、実際の社会運動のエネルギーへ転嫁されるかといえば、残念ながら少数派の人々に限定されるように思います。
何故、「座っている人を、後ろから手を入れて、ぐっと引き起こすようなもの」*1、情動に火をつけるきっかけとなりにくいのでしょうか。
その理由は、文化を生み出す、心の特定の領域に隠されているような気がします。
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人の心に、そして歴史に刻まれる芸能、文化には、あるひとつの特性があります。
作者自身の内なる問答が、作品の中で豊かに、そして深く行われているということです。
直接的 あるいは純粋に芸術の価値の根幹をなしているのは自己表出である。
これはコミュニケーションではなく内的発語というべきで、それが芸術的価値をつくっている。
(第一章「芸術言語論の入口」P.57 より)
- 作者: 吉本隆明
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2008/01
- メディア: 単行本
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この本では文学に特化して語られていますが、何にでも当てはまるといえます。
言葉になる前の思い、あるいは五感で育まれてきたもの。
「人間性」と言い換えてもよいかもしれません。表面的な言動ではなく、深層心理からにじみ出る人柄の部分です。
心の根で練られた発想や思考、そしてその発露、バリエーションの豊富さが表現の優劣を分けるのではないかと思います。
例えば、太宰治の作品を読むと、なぜか「自分のことを言われているような気がする」と感じる人は多いものです。
それは、彼自身が言葉を紡ぐ際に、己への内面と対峙し、さまざまな方法で問いかけた結果が表れているからでしょう。
ごく個人的な感情や感覚を、誰もに伝わる形で読ませることは、大変に困難です。沈黙している折に練られた思想と、そこで必要な技術の両輪がうまく回らないと達成されません。
そして、対峙する部分というのは、基本的にはふたつです。
まず、個人的な妄想や幻想で、育ちや環境によって特性づけられるところ。
もうひとつは、親・兄弟、恋人、友人など、顔の見えるコミュニティの中であぶり出された己の性質です。
実は、社会風刺はここには当てはまりません。
地域社会や国家などの共同体は、個人の感覚に根ざしたカルチャーとは相入れないものなのです。
国の政治や制度のあり方を問う際、私的な感情を入れ込むのは、得策とは言えません。
どうしても、最大公約数で考えざるを得ないでしょう。
生活感覚からしても、共同体が大きければ大きいほど、その維持の方法と、自分の利得を重ねて考えることは、あまりないように思います。
しかし、そこでイメージされている「一般市民」「市井の人」は実際のところ幻想で、存在しません。
人は、通常、いびつな存在だからです。
一輪の花が、森全体を変容させることはできない。
しかし、芽吹いた土壌ですくすく育ち、訪れた蝶や蜂へ蜜を分け与えるのは可能だ、という訳です。
本当に胸を打つのは、その人自身の血の通った創造です。
最大公約数では、表現の持つ強さを維持できないのです。
それが、社会風刺を形にする難しさだと思います。太田さんは、実践者としての言葉を語っていました。
私は、時事漫才や風刺戯画を否定しません。
年末年始に行われる、一年を総括した爆笑問題の漫才をとても楽しみにしています。
お笑いは懐が深く、さまざまなジャンルを横断的に表現することが可能です。
また、表現者は社会情勢に敏感です。震災以降、日本をにぎわせている原発運動も、ミュージシャンや俳優、アーティストなどが中心となってリードしています。
何かせずにはいられない気持ちと、表層に終わりがちな現実。
本当に本当に悩ましいものです。
………………………
「勝手にアンサーソング」みたいな内容になってしまいました。
スキマさん、そしてさまざまな言説を伝えて下さったフォロワーさんたちへ感謝をこめて。
*1:よしもとばななから村上龍への手紙の一文。『吉本ばなな 対談集「FRUITS BASKET」』(福武文庫)P.76 より