己の中の海(受け手の領分2)
昨日の拙文、受け手の領分の続きのようなものです。
………………………
最高の受け手として、どこに領分を置いたらよいのか。
又吉直樹さんの著作「第2図書係補佐」内の、【対談】又吉直樹×中村文則において、中村さんが語ったこと。
中村「純文学っていうものをたくさん読んだ人っていうのは、自分の内面に自然と海みたいなものが出来上がるんです。
で、それは作家になるとかお笑い芸人になるとか、もちろんそれ以外のいろんな職業の人達にとっても、非常にすばらしいものなんですよ。
つまりいろんな角度から物事を考えられるようになる。」
P.239より 抜粋
- 作者: 又吉直樹
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中村さんは、又吉さんの内面に宿っている、文学から得た深い思考力や感受性を「海」と称し、讃えている。
心の機微を描き、美しい自然もとりこまれ、毒すら内包した物語群は、己の心の奥、ある特定の部分を強化する。
ひとことでいうのが難しいが、多角的な視点を得るというのは、つまりは自分の思考の癖や、コミュニケーション上の問題点などと対峙し、異質なものや新たな風に触れることだ。
特に純文学は、いやおうなしに闇を突き付けてくるから、内面の海も豊饒になるのだと思う。
無論、純文学に限らない。
美術、音楽、映画、お笑いなど、さまざまなカルチャーを浴びるように享受すると生まれる、美と恐怖をはらんだプレゼントだ。
しかし、
これは、元々、自己分析能力に長けた、聡明な又吉さんだからこそ創造されたものだ、という側面もある。
『cero/world record 特設サイト[カクバリズム]』のロングインタビューの中で、vo.高城晶平さんはこんなふうに語っている。
(父親が音楽愛好家で、自宅にたくさんの音源があった、という話を受けて)
高城「自分で探して聴くのと違うじゃないですか、入って来かたが。
だから、自分のものになるのは遅かったと思いますよ。
『HOSONO HOUSE』にしても、聴いたのは早かったけど、ふむふむ、なるほど……って、頭の中のアーカイヴに入れてただけ。
それが本当に良いと感じられて、血肉化したのは最近のことです」
洗練された音楽も、ただ聞き流していたのでは「海」を形成しない。
アーカイブと海の間には、深い断絶がある。
彼の場合は、自分たちの音楽を作るべく、オリジナリティを模索し始めた時分で初めて「血肉化」したとのこと。
ここで言及されている「オリジナリティ」を表現者、あるいは受け手にも通じる普遍的な言葉に訳すなら、「考え抜くこと」だ。
言葉、色彩、造型、音、笑い声の向こうにあるものに魅了されている自分との共通点、
あるいはトラウマ、恐怖、弱点。
向き合うことが怖いから、心のブラックボックスに入れているようなところ。
カルチャーには、それらを彼方において麻痺をもたらすという特性もあるし、
そんなふうに享受することも悪くはない。
しかし、アーカイブ化にとどまらず、そこに己の一部、あるいはすべてを重ね合わせ、掘り下げ、ときにはそれをも忘れ、楽しむこと。
私が考える最高の受け手とは、そのような類の人だ。
客席に、テレビやラジオの前に、そんな人が一人でも多く座っていれば、
表現者は望外の喜びを感じるだろう。
肯定も否定も、己の根から生まれる。
枝葉でなく、これ以上ないくらいの深淵で、本質を希求せよ。
お前は、何を考えて、観ているのか。
受け手として、自分の静寂(しじま)に問いかけることを続けたい。
…………………………
コラージュのように、様々な引用を用いて綴ってきました。
私の言葉がないのに、私の考えが浮いているのは不思議なことです。
言い訳の言葉もまた、引用から。
新潮2012年2月号「椹木野衣+宇川直宏 対談『震災後に芸術を定義し直す』」より
宇川「現代は、受け手が編集して独自の物語をつくり、バズとして伝え広める時代ですよね。
なので作り手は浅はかな物語を練るのではなく、ただひたすら物語素を拡散させて行って解釈を委ねたほうが受け手の心に響くような気がします。
若しくは体験に根差したドキュメントですよね。
つまり、どう解釈してもらおうと自由だけど、様々な物語的解釈が生み出される伸びしろを持った提案を行う事の方が、重要になっているのだと思います。」
椹木「それはやはり、かつての物語とは決定的に異質なところがありますね。」
宇川「そうですね。一つのストーリーには導けませんからね。」
P.175より 抜粋
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考えるから、ドラマが広がる。
受け手の領分は、己の心の中にある。====